質量分析法とは?わかりやすく解説②イオン化部

イオン化部

 

 
イオンは正と負の電荷を持った粒子のことで、中性の原子や分子が電荷を持つとイオンになります。イオンは、正負の電極に引かれたり反発したりして、真空中や溶液中を移動できます。イオンのタイプは様々です。正と負の違い、総電荷による違い、化学構造による違いなどがあります。イオンのタイプを理解するには、プロトンHや電子eの付加と放出を考えます。プロトンHは最も小さな原子である水素Hから電子eが放出されたものです。
中性の分子Mに1個のH+が付加すると一価のプロトン化分子[M+H]が生成します。同様に2個、3個のH+が付加すると二価、三価のプロトン化分子[M+2H]2+、[M+3H]3+が生成します。逆にH+がとれると[M-H]、[M-2H]2-、[M-3H]3-が生成します。また、eの付加では負の分子イオンM、M2-、放出では正の分子イオンM+、M2+が生成します。
質量分析計で物質を検出するには、このようなイオンを作り出す必要があり、種々のイオン化法の技術が用いられます。
 

ESI(electrospray ionization, エレクトロスプレーイオン化)

現在利用されているイオン化法のなかで、もっともソフトなのがESI(エレクトロスプレーイオン化 (ESI)です。ソフトとは、サンプル分子を分解させることなく気体状のイオンにするという意味です。酸性官能基や塩基性官能基をもち溶液中でイオン化する化合物に適正があります。
高電圧をかけたキャピラリーで溶液中のサンプル分子を正イオン負イオンに分離させます。正の高電圧であれば正イオンを多量に含む溶液がキャピラリーの先端に集まります。流出する溶液に窒素気流を作用させると、微細な液滴の噴霧とともに溶媒の蒸発が促進され、さらに小さな液滴となります。これを繰り返しながら、最終的にイオンが得られます。
正の電圧のESI場合、生成するイオンは、プロトン化分子[M+H]+が多く、多価プロトン化分子となる場合もあります。負の電圧の場合は、脱プロトン化分子[M-H]や多価脱プロトン化分子が生成します。
 

EI(electron ionization, 電子衝突イオン化)、CI(chemical ionization, 化学イオン化)

電子衝突イオン化(EI)と化学イオン化(CI)はどちらも試料を気体状にしてからイオン化するので、加熱気化するときに分解する性質の化合物には向きません。EIとCIは気体分子をイオン化することで共通しますが、その過程はまったく違います。EIでは、レニウムやタングステン製のフィラメントから放出される熱電子eを加速し、分子Mに衝突させてイオンをつくり出します。炭素原子Cを一価のイオンC+にするには11.3eVのエネルギーが必要です。水素分子をイオンH2+にするには15.5eVのエネルギーが必要です。イオン化には通常は 70eVの熱電子を使いますが、生成した分子イオンM+は過剰なエネルギーを受け取るため、分解してフラグメントイオンも生成します。これをフラグメンテーションといいます。多くのフラグメントイオンを生成することから、詳細な構造情報の推測に役立ちます。
CIは気体中での化学反応を利用するイオン化で、プロトンH+ハイドライドHの移動反応です。メタンやイソブタンなどの試薬ガスを試料とともにイオン化室に導入し、電子衝突することで、はじめに試薬ガスのイオンが生成します。反応イオンの充満した部屋に試料分子を導入すると、プロトン化反応によって[M+H]+が生成したり、ハイドライド引き抜き反応によって脱ハイドライド分子[M-H]+が生成します。これがCIによるイオン化の原理です。CIではH+やHの移動だけでなく、反応に用いたガスの反応イオンがサンプル分子Mに付加したイオンも生成します。これらの反応では過剰なエネルギーは生じないので、フラグメンテーションはおこり難くなります。このためCIでは、化合物自体の分子量に関連したイオンの測定が可能であり、EIとの違いです。
 

APCI(atmospheric pressure chemical ionization, 大気圧化学イオン化)

APCIは大気圧下で化学イオン化を起こさせる方法です。
ESIが高電界によってイオンを生成させるのに対し、APCIは400~500℃の高温加熱によって試料溶液を強制的に気化させた後に、針電極による放電を利用してイオンを生成させる方法です。メタノールやメタノール水溶液に試料を溶解させるので、高温で加熱気化しても蒸発熱によって温度上昇を抑えられ、顕著な熱分解は避けられます。気化した試料には溶媒分子が付加していることも多いため、加熱した窒素気流を用いてさらに脱溶媒を促進させます。こうしてキャピラリー先端から加熱気化されて流出する気体は、試料分子の他に溶媒分子と窒素分子が多量に含まれる混合気体です。この混合気体の下流には数kVの電圧を印加した針電極が設置されているため、混合気体が電極周辺に達するとコロナ放電(針電極の先端近傍など、大きな電界強度のところで起こる気体放電)が起こります。放電は複雑な過程ですが、基本的には大過剰に存在する溶媒分子と窒素分子のイオン化が起こり、過剰の反応イオンが生成します。反応イオンは化学イオン化と同じ性質をもつため、試料分子から電子やプロトンを引き抜いたり、あるいは試料に電子やプロトンを付与しイオン化させます。溶液中でのイオン化でないため、ESI におけるように多価イオンは生成しません。APCIに適性があるのは、水やメタノールなどの揮発性の極性溶媒に溶解し、加熱と窒素気流の下で分解せずに気体分子になる化合物です。
 

MALDI(matrix-assisted laser desportion ionization, マトリックス支援レーザー脱離イオン化)

マトリックスには支持母体とか周辺環境といった意味もあり、有機化合物が溶媒に溶けているときには、その溶媒はマトリックスといえます。MALDI法は、タンパク質やDNA を安息香酸などの結晶マトリックスに包み込み、パルスレーザーを照射して爆発をおこさせ、その爆風に乗せてイオン化したタンパク質やDNAを気体中に放出させる方法です。
MALDIのイオン化はマトリックスとのプロトン授受によっておこり、サンプルのイオンは[M+H]または[M-H]として観測されます。紫外レーザー光を結晶に照射するため、分子を破壊する威力をもちますが、マトリックスがエネルギー緩衝剤になっており、光エネルギーのほとんどがマトリックスに吸収されるため、サンプルが分解することはありませんが、サンプルに適したマトリックスを選ぶことが必要です。
 

リンク

>>質量分析法とは?わかりやすく解説①概要
>>質量分析法とは?わかりやすく解説③質量分析部
 

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