ノロウイルスについてもう一度振り返る(基本編)

「ノロウイルスはカキを食べることで感染する」
ノロウイルスに対して、そういった理解をされている方は多いのではないでしょうか。
実のところ、上記フレーズは正しくもあり、誤りでもあります。

まず、ノロウイルスはどこに存在するか、ということについてですが、基本的には人の体内に存在しております。ウイルスは一般的に感染できる対象が明確に決まっており、特定の感染対象となる動物に感染することで初めて増殖することができるのです。今回のヒトノロウイルス(ノロウイルスは複数種存在するが、本文では以下単に「ノロウイルス」とする)は人およびチンパンジー(無菌ブタも実験的に感染例も)のみ感染し、増殖することができます。細菌と違って、自然環境やそれ以外の場所でノロウイルスは増殖することはできないので、大元の原因をたどると全て人が原因となります。常に誰かが感染を起こしていない限りノロウイルスを根絶できそうだと感じる方もいると思いますが、実際には根絶をすることは非常に難しいと考えられます。その理由として、ノロウイルスには不顕性感染があるからです。不顕性感染とは、感染しているのに症状がない状態で、ノロウイルスの感染の場合は約7%(研究によって4%-30%と開きがある【参考文献2】)の人がそういった状態で生活していると言われております。また、不顕性感染者は実際に症状が出ている人と変わらないくらいのウイルスを体内に持っている状態だということがわかっています。感染者の便が下水へ流されれば、浄水施設などでノロウイルスを取り除くことが出来るのではと思うかもしれませんが、浄化槽や浄水施設でノロウイルスをすべて取り除くことは、現在の技術ではできません。ノロウイルスは水の中で安定して存在できるため、それらが川へ、そして海へ流れて、海産物(特にカキなどの二枚貝)が蓄積し、

①汚染された食材を食べて感染
②感染者によって汚染された食品を食べて感染(二次汚染を含む)
③感染した人の下痢や嘔吐などを介して感染

という主に3つの経路で感染が起きます。この3つの経路のうち、その大部分は③による人から人への感染となっており、①と②による食品を媒介する事例は少なくなっています(平成25年の資料では合計で約40%)。そのため、冒頭で提起した「ノロウイルスはカキを食べることで感染する」という言葉は正しくもあり、誤りでもあるわけです。

それでは、なぜカキが名前として取り上げられて原因として挙げられることが多いのか。そこには、食文化が関わってくると考えられます。二枚貝の特徴として、海水を吸い取ってろ過して食事をしていますが、その際に毎日大量の海水を吸収しています。例えばカキは、毎時間20リットルという大量の海水を吸収しています。その際、ろ過する二枚貝の内臓組織として中腸線と呼ばれる組織があり、そこにノロウイルスが排出されずに蓄積してしまいます。ノロウイルスの蓄積は全ての二枚貝で起こっていることですが、問題となるのがその食べ方です。

ノロウイルスは加熱をすれば死にます。その基準として、厚生労働省の大量調理施設衛生管理マニュアル(コーデックス資料参照【参考文献3】)で示されているように85℃から90℃で90秒間以上と同等の加熱をすることが求められています。一般的な貝は、生で内臓まで食べることは少ないと思いますが、カキは生で内臓を含めて丸ごと食べる食材です。そして、構造的にカキの中腸線は身の奥深くにあって、中腸線だけを取り外して食べることができません。また、カキの中でも比較的多く食べられるマガキの旬の時期も11月から4月(岩牡蠣は夏)となっており、リスクが高いシーズンになります。リスクが高い理由として、ウイルスでは一般的に乾燥・低温下で長く生き残りますが、のちに述べるようにノロウイルスは特に低温下で長く生き残るからです。これらにより、カキの生食によるノロウイルス食中毒発生が他の二枚貝よりもリスクが高く、一般的な二枚貝よりも「ノロウイルス=カキ」のイメージが定着したのだと思います。


〇感染がどうして広がるのか?
ノロウイルスの感染は、食品を介しての感染よりも、人から人への感染が多いということは前述のとおりです。それでは、なぜ人から人への感染が起こりやすいのか、ということも考えてみましょう。ノロウイルスはカキ以外の二枚貝でも含まれておりますが、冒頭での記述のような誤解をしていた場合は注意が行かない可能性があります。しかし、実際にはカキ以外の二枚貝にも同様にノロウイルスが含まれていることがあり、それらを取り扱った手指や各種調理器具、二枚貝の汚れが飛び散った周辺にはノロウイルスが付着する可能性があります。つまりは、手洗い不足の手指や、洗浄不足の調理器具、飛散した食材などから加熱後の食材や加熱をしない食材が二次汚染を受け、感染するリスクが考えられます。実際の統計情報としても、2015年から2017年の食品由来のノロウイルスの食中毒のうち、カキによる事例は1.9%~14.5%と、割合としてはかなり低くなっています。

また、ノロウイルスは感染力の強さも問題になります。一般的に、病原体が感染するには、ある程度の量が一度に入ることが必要になりますが、ノロウイルスはその量がかなり少なくても感染が成立することがわかっています。例えば、サルモネラ菌は一度に数万個以上食べる必要がある一方で、ノロウイルスは100個以下でも感染するということが研究で分かっています(ただし、病原体の中でも腸管出血性大腸菌O157は100個程度でも感染が成立する等例外あり)。少量でも感染する理由として、病気を引き起こす腸に至るまでに胃を一度経由しますが、病原体の大半が胃酸により死んでしまうが、ノロウイルスについては胃酸の中でも安定して存在することができることが挙げられます。このように感染力が強く少量でも感染が成立するため、少しでも手洗い不足や汚染場所の消毒不足があれば簡単に感染が広がってしまいます。

さらに、一般的な食中毒と異なる面として挙げられるのは、ノロウイルスが感染症としての側面を持つということです。ノロウイルスの感染者(不顕性感染者も含む)が便として排出するノロウイルスの量は、何と1gあたり100万から10億個以上といわれ、嘔吐物にも100万以上含まれることが分かっています。つまり、1gあたり1万人以上も感染させる力を持っているわけです。糞便はトイレに流れるので、育児や介護等の場合を除いてそこまでのリスクはないと思いますが、嘔吐物については処理がうまくいくかどうかが重大な事故が起こるかどうかの境目になります。理由として、ノロウイルスは乾燥状態でかなり長い間(実験では4℃で2か月。刻みのりの事例ではそのことが証明されてしまった【参考文献4】)生き残ることが知られており、嘔吐物の消毒不足でノロウイルスが生き残り、ほこりに付着して舞い上がって、かなり広い範囲に感染を広げてしまうことがわかっています。


〇より有効な対策は? 

ノロウイルスが付着するのを防ぐために必要なのは、とにかく原因となるものを持ち込まないこと、感染の原因を拡げないこと、しっかりと殺すこと、汚染しないことが原則になります。これらは、ノロウイルス予防4原則(「持ち込まない」「拡げない」「やっつける(加熱する)」「つけない」)と言われ、特にノロウイルスを予防するために重要な考え方となります。

詳しくは別のコラム(対策編)でまとめますので、ご参考にいただければ幸いです。


〇参考文献
【1】食品安全委員会, 食品健康影響評価のためのリスクプロファイル~ノロウイルス~
(ノロウイルスに関しての概要・実験データ等が細かく
【2】Qi R, Huang YT, Liu JW, et al., Global Prevalence of Asymptomatic Norovirus Infection: A Meta-analysis. EClinicalMedicine. 2018;2-3:50-58. Aug-Sep.
【3】FAO/WHO Codex:CAC/GL79-2012, GUIDELINES ON THE APPLICATION OF GENERAL PRINCIPLES OF FOOD HYGIENE TO THE CONTROL OF VACCINES IN FOOD. 2012:1-13
【4】野田衛, 刻み海苔を介したノロウイルス食中毒事件が教えてくれたこと, 国立医薬品食品衛生研究所報告(Bull. Natl Inst. Health Sci., 135, 6-12(2017))他


『検便検査(ノロウイルス含む)』については、こちらをご確認ください。
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