豚熱発生時における防疫措置の転換(選択的殺処分への法改正) 2026年6月号
皆さんもすでに周知済みと思いますが、豚熱(CSF)発生時の防疫措置は、従来の「全頭殺処分」を原則とする厳格な体制から、「選択的殺処分」へと大きな法的転換を迎えました。
適切なワクチン接種を前提とし、科学的知見に基づき感染リスクの高い個体のみに範囲を限定する新制度は、畜産業の生産基盤維持と殺処分に伴う社会的・経済的損失の軽減を両立させる画期的な転換点であると思います。
この法改正の背景、殺処分範囲の具体的新基準、および発生後に適用される「監視プログラム」の想定される流れについて考えたいと思います。
はじめに
従来の豚熱防疫対策においては、一農場内で感染が確認された場合、原則として当該農場内のすべての飼養豚を殺処分する「全頭殺処分」の体制が敷かれていました。
法改正後は、適切な防疫管理が講じられている農場を保護し、畜産農家の経営継続への壊滅的な打撃を回避できるようになっています。新たな方針の主眼では、「適切にワクチン接種されていれば、感染リスクの高い豚のみを殺処分する(選択的殺処分)」となっています。
この「適切なワクチン接種」は新たな方針の肝の部分と考えますので、農場毎にしっかりと地域毎の家畜保健衛生所との情報共有、指導・連携を取っていただければと考えます。
殺処分範囲の再定義と三つの基準
新制度における殺処分の範囲は、県が国と慎重に協議を重ねた上で、農場ごとの状況に即して決定される方針となっています。具体的には以下の3つの区分に再定義されています。
(1)選択的殺処分(原則的な対応)
適切なワクチン接種が実施されている農場を対象に、感染リスクが認められる以下の個体のみを限定的に殺処分する。
ワクチン免疫が成立していない豚
未接種の個体、接種後20日未満の個体、および発育不良等により免疫獲得が不十分とみなされる個体。(ただし、3回目の消毒完了後に生まれた子豚は除く)
臨床症状があり、PCR検査等で陽性となった豚。
その他、家畜防疫員が疫学的に必要と判断した豚。
※留意事項:本制度は過剰な殺処分を防ぐ目的であるため、農家側の「経営判断」によって自主的に殺処分範囲を拡大することは認められない。
(2)全頭殺処分(例外的な適用基準)
以下のいずれかに該当する農場は、適切な免疫環境が構築されていないと判断され、従来通りの「全頭殺処分」の対象となる。
- ワクチンが適切に接種されていない農場。
- 県の指示に従わない早すぎる時期での接種を行った農場。
- 自己判断による規定外の追加接種を行った農場。
- 登録飼養衛生管理者以外の、資格を持たない者による接種が行われていた農場など。
(3)肥育豚全頭殺処分(繁殖豚を除く)
ウイルスの蔓延度が非常に高い場合に適用される中間的措置として、繁殖豚を除いた「肥育豚の全頭殺処分」が規定されています。対象となるのは、農場内にウイルスが広範囲に浸潤している農場、監視プログラム期間中に複数回にわたって発生が続発した農場となります。なお、いずれの区分においても、死体の処分方法は従来通り「埋却又は焼却」が原則となります。
発生農場における「監視プログラム」(想定)
新制度のもう一つの柱が、発生確認後に導入される「監視プログラム(移動制限+報告徴求)」の運用です。
殺処分完了から制限解除に至るまでのプロセスは、ウイルスの根絶確認と出荷・経営再開の段階的許可を目的として綿密に構成されています。監視期間は通常「約10週間」を要しますが、状況に応じて「4週間」に短縮することが可能となっています。
【タイムライン(全体の流れ)】
通報 ~ 患畜確定。
新規発生の確認。直ちに移動制限および報告徴求が開始される(新制度による監視プログラムの適用開始)。
拡散状況確認検査・殺処分等。
農場内の感染状況を確認し、対象個体を特定して速やかに処分。
畜舎等の消毒。(1週間間隔で3回)
処分後、約1週間を経て消毒を開始。約2週間(第0週:1回目、第1週:2回目、第2週:3回目)をかけて計3回実施する。この間、追加ワクチンの接種等の措置も並行して行われる。
【段階的緩和措置】
一部出荷・飼育の再開許可。
3回目の消毒終了後、臨床的異状がないことを前提に、一部出荷が可能となる。
また、同時に「出生子豚の飼育開始」も認められる。
監視プログラム解除検査。
消毒完了から一定期間(約4週間~10週間)を経て、家畜保健衛生所が臨床検査およびPCR検査を実施する。
監視プログラム解除。
検査の結果、全頭陰性が確認されれば監視プログラム(移動制限)は解除され、通常の飼養・出荷体制への完全復帰となる。
【監視期間中の異常・続発時における厳格な対応】
異状発見時の対応。
プログラム適用中に万が一、他の畜舎等で異状豚が確認された場合は、直ちにPCR検査等を実施する。
陽性(続発)時のリセット。
陽性と判定された場合は「続発」とみなされ、タイムラインはリセット。
新規発生時に準じた厳しい対応(拡散状況確認検査、殺処分、および1週間間隔で3回の消毒等)が再度要求される。
最終措置の検討。
万が一、農場内での続発が収まらずウイルスが検出され続ける場合には、地域の防疫体制を守るための最終手段として、「繁殖豚を除く全頭の殺処分」も検討され、厳格な隔離と根絶が図られる。
公的経営支援。
この長期化に伴う農家の売上減少や、消毒・処分費用の増加等に対しては、公的な経営支援制度が用意されている。
今回の法改正は、一律の全頭殺処分がもたらしていた優良な遺伝資源(繁殖豚)の喪失や、地域経済への過大なダメージを抑制するための先進的な試みです。しかし、この制度が機能するための絶対条件は、日常の「適切なワクチン接種」と「徹底した飼養衛生管理」であり、農場側がルールを逸脱した接種方法や管理を行っていた場合、セーフティネットとしての選択的殺処分は適用されず、一転して全頭処分の厳しい現実を突きつけられることになります。農場を含め、私たち畜産関係者は、新制度のメリットを深く理解し、これからも自主防衛体制の強化と維持を心掛けていきましょう。
(株)食環境衛生研究所 菊池雄一