豚丹毒に対する先入観はありませんか? 9月号

豚丹毒に対する先入観はありませんか?

皆さんは「アンコンシャス・バイアス」という言葉を耳にしたことがありますか? 筆者は最近この言葉を知りました。「無意識の思い込み、先入観、偏見」という意味で、過去の経験や価値観から、偏った判断をしてしまう心理現象を指すそうです。筆者は養豚業界に身を置くようになり20年以上経ちますが、生産現場ではこの「アンコンシャス・バイアス」をよく感じます。
そのなかの1つに「豚丹毒」があります。過去の病気と思われがちですが、千葉県で昨年夏から秋にかけ、肥育豚の突然死が多発して生産性を著しく低下させたことは記憶に新しいと思われます。被害が拡大した要因の1つには「原因は豚丹毒」と判明するのに時間を要したこともあるようです。豚丹毒は、千葉県に限らずさまざまな地域で発生しており「過去の病気だと思っていた」「豚丹毒=皮膚炎()と認識していた」などの「先入観」や「思い込み」が正しい判断をする上で障害となったケースが多々あると見受けられます。
 

豚丹毒とは

豚丹毒の基本情報については本特集の別稿も併せて確認いただきたいと思います。伝播経路としては鼻汁などの呼吸器排せつ物の直接伝播、または呼吸器症状に伴うエアロゾルが考えられます。また、類似する疾病としては、豚熱(CSF)、ヘモフィルス・パラスイス症(グレーサー病)、豚胸膜肺炎、パスツレラ症、豚インフルエンザ、豚肺虫症、レンサ球菌症、豚パラインフルエンザ、トキソプラズマ病、萎縮性鼻炎などがあげられます。
急性型では発熱、食欲不振、元気消失、呼吸促拍を呈し、発熱後24時間頃より腹部、内股部、耳翼などに赤紫色斑(チアノーゼ)が出現(図1)。数日後に死亡します。また、亜急性型は様の淡紅色の隆起した菱形疹が出現します。一部には死亡するものもみられますが、多くは回復し菱形疹も消失します。慢性型は、発育遅延や関節部の腫脹および跛行(関節炎型)、心内膜炎型があります。
このように、臨床症状は急性・亜急性・慢性が存在し、それぞれ症状が異なるのが本病の特徴と言えます。最近多くみられている症状は「急性型」で、肥育期の豚が突然死するケースです。また、体表面にチアノーゼが出現し、開口呼吸を呈して死亡するケースも多くみられます。剖検すると脾臓が腫大していることが多いのも特徴の1つです。
 

豚丹毒対策の盲点とは

それでは、皆さんに質問です。「豚丹毒に有効な治療薬は何ですか?」……「ペニシリン」と答えが浮かんだ方はさすがです。基本的に、ペニシリンがもっとも有効な治療薬の筆頭であることは周知されています。では、なぜ豚丹毒による大きな被害が生じてしまうのでしょうか?
ワクチン接種率
混合ワクチンの普及もあり、母豚への豚丹毒ワクチンの接種率は比較的高いように感じられますが、子豚への接種率はどうでしょうか?
当社が訪問する農場は、比較的子豚へのワクチン接種率が高い傾向にありますが、製造元企業や販売店などから聞くところによれば、接種率は50%程度ではないかと推察されます。昨今の飼料高騰による生産コストの増加で「ワクチンの引き算」をしているケースもあるようです。
生ワクチンと不活化ワクチンの特徴
生ワクチンの最大のメリットは1回接種でよい、ということと、比較的安価であるということですが、デメリットはワクチン接種前後の投薬制限です。当然、生ワクチンですので薬剤の影響を少なからず受けてしまいます。したがって、ワクチン接種3日前から接種後7日間は注意が必要です。また、母豚の感染圧が高い農場では移行抗体の影響もありますので、モニタリングを実施し、母豚の抗体価や移行抗体の推移を知る必要があります。
一方で、不活化ワクチンは2回接種しなければならないという最大のデメリットがあります。本州や四国ではCSFワクチン接種も重なってワクチン接種の回数が増加傾向にあり、なるべくワクチン接種回数を減らしたいと考える農場もあるのではないでしょうか。しかし、生ワクチンとは異なり、投薬や移行抗体の影響を考える必要はさほどないので、その点はメリットと言えます。
投薬量
前述したとおり、特効薬的位置付けに「ペニシリン」の存在がありますが、用法・用量を見ると「ただし豚丹毒の治療には50,000単位」という通常の10倍量が記載されています。100kgの肉豚には16ccもの大量の投与が必要ということです。そして、出荷直前の豚では14日間の休薬期間もネックです。休薬期間の短いニューキノロン系薬剤を投薬して改善することもありますので、薬剤感受性の実施が前提ですが、管理獣医師の指示を仰いで対応することをお勧めします。
 

病原体をカラスが運ぶ?

豚丹毒が流行した際に、必ずと言っていいほど「カラス、野鳥」のワードを耳にします。カラスの行動範囲は想像以上に広く、縄張りを持たない若鳥のハシブトカラスでは、ねぐらから10km程度移動することもあります。養豚場が多い地域で10kmとなると、相当数の農場が該当します。飼養衛生管理基準にも「防鳥ネットの設置」が明記されており、対策が求められますので、いま一度、防鳥ネットの隙間やたるみなどを確認しましょう。
 

オガ屑豚舎での対応

豚丹毒は一般的に、春から夏にかけて好発するイメージですが、条件によっては冬でも発生する場合があります。豚丹毒菌は高温多湿環境を好む性質があり、オガ屑豚舎をはじめとする敷料豚舎では、この高温多湿条件が冬でも整うこと、または発酵がうまくいかず、菌量が増加するなどの条件がそろうことが原因です。ですから、敷料を用いるオガ屑豚舎などを利用する農場では特に、1年を通して注意が必要です。
敷料管理
昨今は、オガ屑の価格高騰で敷料、敷床のリサイクルをする農場が増加している印象があります。その場合、豚を出した後に汚れのひどい箇所は取り出して堆肥化しましょう。残した部分は山積みにして、定期的に重機で切り返すことで発酵を促します。その際、深部温度が70℃程度まで上昇することを温度計で確認してください。農場によっては床に散気管を通してブロワーでエアレーションし、発酵促進をよりスムーズにさせているケースもあります。
豚を導入する前に石灰(消石灰可)を散布、混合させて虫卵、病原体の対策をすることも、併せてお勧めします(本誌2018年3月号特集記事「見直そう! オガ屑豚舎の管理ポイント」参照)。
もちろん、豚丹毒はすのこ豚舎でも発生することがありますので、油断は禁物です。
 

日齢ごとにのリスクを理解し、早期発見につなげる

豚丹毒のモニタリングと言うと、と畜場での食肉検査が思い浮かぶかもしれません。特に慢性型のうち「心内膜炎型」は心臓の弁膜にができるため、と畜場で廃棄されるケースが多くあります。しかし、最近発生している急性型で苦しんだ農場に聞き取りをすると、豚丹毒発生前後でと畜場廃棄が増加しなかったケースが多いのも事実です。また、「豚丹毒=皮膚炎(菱形疹)や関節炎」といった先入観も、正確な情報をゆがめてしまう一因と思われます。ですから、どの日齢でどのようなリスクがあるのか、事前に把握、分析して対策することが、疾病をコントロールする上でとても重要です。
実際に、肥育豚でチアノーゼを呈し、呼吸促拍の状態を「豚胸膜肺炎1型」と推測し、抗菌剤を選定して治療しても効果が認められなかった、という失敗談もあります。類症鑑別が必要な豚胸膜肺炎、パスツレラ症、レンサ球菌症、ヘモフィルス・パラスイス症(グレーサー病)などのモニタリングも併せて実施することをお勧めします。
定期的に抗体検査を実施していると、野外汚染の状況が把握でき、予防的な投薬やクリーニングによってリスクを減らすことが可能です。例えば、導入豚や育成候補豚の野外汚染が認められた際は、感受性の高い抗菌剤によってクリーニングすることで繁殖豚群への感染拡大や哺乳子豚への垂直感染を未然に防ぐこともできます。
 

おわりに

前述した豚胸膜肺炎1型と推測して失敗した例は、実は若かりし頃の筆者の失敗談です。検査の重要性を痛感した苦い経験を活かし、失敗を繰り返さないようにしていましたが、数年前には剖検した所見が「教科書に載るような卵とじ状の線維素付着」だったため、クライアント農場にグレーサー病対策を提案したところ、病性鑑定結果は「マイコプラズマ・ハイオライニスだった」……という失敗をまた繰り返してしまいました。
このように、生き物相手の養豚業界はトライ&エラーの繰り返しですが、発生してしまった際に早急な診断によって「敵を知る」「有効な武器を知る」こと、そしてその前段階で自農場に合った「適切な予防法の確立」を図ることは、健全な養豚経営につながるもっとも有効なツールの1つだと思います。本稿が先入観のない豚丹毒対策の参考になれば幸いです。
 
 
養豚界 9月号掲載記事を一部再編しました。
 
 

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