鶏伝染性喉頭気管炎について
鶏伝染性喉頭気管炎(Infectious Laryngotracheitis、ILT)は、鶏の上部呼吸器官や結膜に鶏伝染性喉頭気管炎ウイルス(ILTV)が感染することによって発症する急性伝染病です。日本では家畜伝染病予防法に基づく届出伝染病に指定されています。
また、本病が一度侵入すると常態化しやすく、終息しても再発し根絶が難しい疾病でもあります。
1.病原体について
本病は、オルトヘルペスウイルス科(Orthoherpesviridae)、アルファヘルペスウイルス亜科(Alphaherpesvirinae)、イルトウイルス属(Iltovirus)に属するガリッドヘルペスウイルス1型(GaHV-1)を原因とする疾病です。
ゲノムは直鎖状二本鎖DNA(10~25万塩基)であり、ウイルスの構造はほぼ球状で外側より、エンベロープ、テグメント、カプシドの主要構造から構成されます。
血清型は単一で、臨床的に急性型、亜急性型に分類されます。
ウイルス粒子がエンベロープとテグメントによる複雑な立体構造をとるため、各種薬剤や熱に対する抵抗が非常に弱く、一般的な消毒剤や56℃15分もしくは38℃48時間で失活することが知られています。
2.感染部位と感染経路
主な感染部位は、鶏の喉頭や気管などの上部呼吸器系組織と結膜であり、粘膜上皮細胞や神経細胞の細胞膜上に存在する細胞接着分子(CD4)やN-カドヘリン、神経細胞接着因子(Nectin-1)を介して感染します。
重症化することで全身の臓器からウイルスが分離されるようになります。
また、ILTは他のヘルペスウイルスと同様に潜伏感染をするため、一度発生するとウイルスを完全に排除するのは困難で、長い期間を要します。
感染経路は感染鶏や潜伏感染した鶏の分泌物や排せつ物などへの接触、痰や飛沫などにより汚染された水、飼料からの経鼻・経口感染であり、空気感染は起こりにくいとされています。
また、敷料の中では約3~20日間、バタリーゲージ下の糞便中では約3日間、埋没処理した死亡個体の体内では約3週間生存するとの報告もあり、予防には徹底した消毒と衛生管理が重要となります。
3.症状と類症鑑別
主な症状は以下のものがあげられます。
死亡率は平均13%ほどで、感染から2-4日での死亡が多く、急性型では激しい呼吸器症状を示し、死亡率が50%を超える場合もあります。
この場合主な死因は血痰と喀血による窒息とされています。
類症鑑別が必要な疾病は、ニューカッスル病、伝染性気管支炎、粘膜型鶏痘、鶏マイコプラズマ症、伝染性コリーザなどがあり、鑑別のポイントとしては下記の通りです。
疾病名 | 鑑別ポイント |
---|---|
ニューカッスル病 | 緑色下痢便、神経症状(脚麻痺や頚部捻転)が見られる |
伝染性気管支炎 | 呼吸器症状は比較的軽度、産卵鶏では産卵低下と異常卵の産出 |
粘膜型鶏痘 | 呼吸器症状は類似するが、皮膚に病変がみられる場合があり、進行が緩徐。 |
鶏マイコプラズマ症 | 鼻腔・副鼻腔炎を伴い、慢性経過をとることが多い。 |
伝染性コリーザ | 顔面腫脹が顕著で進行が緩徐、死亡率は低い。 |
4.病理変状と類症鑑別
肉眼所見では
組織学的所見では
があげられます。
鑑別のポイントとしては下記の通りです。
疾病名 | 鑑別ポイント |
---|---|
ニューカッスル病 | 気管炎症は軽度~中等度、肺炎や気嚢炎を伴うことが多い、シンシチウム形成や核内封入体が認められない。 |
伝染性気管支炎 | 気管粘膜の水腫と細胞浸潤による肥厚が特徴、気管粘膜の炎症はILTより軽度。 |
粘膜型鶏痘 | 喉頭・気管粘膜で発痘が連続し、チーズ様の偽膜を形成するが偽膜は容易に剥離できない。(ILTでは剥離できる)。また、細胞質内封入体(ボリンジャー小体)が認められる。 |
鶏マイコプラズマ症 | 鼻腔・副鼻腔・気嚢の炎症が主体、気管粘膜の変化は比較的軽度。 |
伝染性コリーザ | 鼻腔・副鼻腔の化膿性炎症が主体、顔面の腫脹が顕著 |
5.予防と対策
本病には治療法がないため、農場にウイルスを入れないバイオセキュリティ対策が重要となります。
具体的な例としては、
などがあります。
加えて、前述の通り本ウイルスは薬剤や熱に弱いため、一般的な消毒剤の散布や、日光消毒による不活化も有効な予防手段となります。
(本病と診断された鶏群は淘汰後、焼却、埋没処理を行い、オールアウトした鶏舎はひと月以上空舎にし、十分な消毒を行うなどの対応が必要となります。)
このほかにもワクチン接種も有効な予防手段とされています。
本病は伝播が遅いため、発生後でも緊急ワクチネーションを実施すると被害を最小限に止めることが出来ます。
(国内で販売されているILTワクチンは4種類すべて組織培養由来ワクチンであり、病原性回帰の可能性が低いことが特徴です。)
6.終わりに
ILTは適切な予防措置と早期発見・対応により、被害を最小限に抑えることが可能ですが、ウイルスの潜伏感染能力により完全排除が難しい疾病の一つです。