家畜の臨床検査

家畜の臨床検査はどのようなものかご存知ですか?

検査にはその実施する目的によって様々な種類が存在します。
特に養豚に関わる検査はここ数年で飛躍的に進歩して来ました。以前までは困難だったサーコウイルスの診断検査、PRRSの遺伝子検査、ローソニアイントラセルラリス(PPE)の診断検査なども行えるようになり、診断技術や精度も向上し、検査結果が判明する時間も短縮するなど飛躍的に進歩して来ました。生産現場で目まぐるしく変化する疾病状況や事故の発生メカニズムに対応すべく、常に的確かつ迅速な診断方法が確立して来てはいますが、実際に現場で”役立つ検査”を行うためには検査に関する知識や目的毎の検査プランの設定も必要になります。生産者から[検査を行って何が解るの?検査方法が色々あるけど何を選択したらいいの?]と御意見いただく場面も少なくありません。今回は複雑で種類が多くなってしまった検査について、生産者の方々が解りやすく利用しやすくなるために検査方法の種類やその利用方法についてご説明させて戴ければと思います。


何故検査が必要なのか

ではまず検査の必要性について考えて見たいと思います。何故検査が必要なのでしょうか?一生事故や病気に掛らないとすれば検査なんて必要ないと思っている人もいるかもしれませんが、検査を行う理由には大きく分けて2つあると思います。1つ目はお金を生む”宝の存在である豚達”を事故や疾病などから守り、関係者や豚達が快適な生活を送れるようにする予防衛生の概念、2つ目はそこで従事している従業員や近隣周辺の住民の方々に対し、健康被害や生活被害を起こさせないために豚達の健康状態を維持するための公衆衛生の概念になります。1つ目の予防衛生の概念は何となく理解している生産者は多いかと思いますが、2つ目の公衆衛生の概念についての理解はあまり浸透していないように感じます。又、的確な検査を行うことによって、疾病優先の事故なのか、環境・管理等の人的要素が優先の事故なのかもある程度知ることが出来ます。生産現場で行われている日々の観察(洞察)と的確な検査が組み合わさることによって、重大な事故や損失から自分の農場を守ることが出来るのです。


検査毎の特徴と診断疾病

疾病を診断する検査は主に3つの検査方法に分類されます。みなさんがいちばん良く利用されているものは血清学的検査(血液抗体検査)と思いますが、遺伝子診断検査や病原学的検査(病性鑑定検査)など、疾病の診断と改善には欠かせない重要な検査方法もあります。


血清学的検査(血液抗体検査)

(1)中和試験(Neutralization Test; NT)
特徴:ウイルスなどを有する抗原に抗体が結合するとそれらの活性が中和され消失する。
この反応に関与する抗体を中和抗体価として表している。
目的:野外感染状況診断、ワクチン抗体価診断。
診断疾病:オーエスキー病、伝染性胃腸炎、豚流行性下痢など

(2)寒天ゲル内沈降抗体反応(Agar Gel Precipitation test; AGP)
特徴:寒天ゲル内にて1つの小孔を中心に等間隔の6つの小孔を開け、中心には抗原、周りの小孔には血清をいれ寒天内を拡散させる。抗原と抗体が反応すればその結合物が白色の沈降線として目に見えるようになる。
目的:野外感染状況診断。
診断疾病:主にアルカノバクテリウム・ピオゲネス感染症(コリネ)など

(3)酵素標識抗体法(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay; ELISA法)
特徴:抗体の特異性を利用し、酵素を結合させた抗体と発色基質を用いて色により可視化して数値として表している。
目的:野外感染状況診断、ワクチン抗体価診断、野外感染識別診断(オーエスキー)
診断疾病:オーエスキー病、オーエスキー病g1抗体(野外株を検出)、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)、パスツレラ毒素、サルモネラ、マイコプラズマ・ハイオニューモニエ、胸膜肺炎毒素(APX)、ボルデテラ・ブロンキセプティカ(DNT)など

(4)間接蛍光抗体法(Indirect Fluorescent Antibody Test; IFA)
特徴:微生物を蛍光色素で標識した抗体と反応させ検出する方法。蛍光顕微鏡下で蛍光を確認できる。
目的:野外感染状況診断、ワクチン抗体価診断
診断疾病:ローソニア、豚サーコウイルス2型、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)。

(5)凝集反応(Agglutination Test; AG)
特徴:抗体と抗原が結びついて多数の抗原の塊を作る反応。凝集が確認された血清の最大希釈倍率を抗体価とする。
目的:野外感染状況診断、ワクチン抗体価診断。
診断疾病:ボルデテラ・ブロンキセプティカ。

(6)生菌凝集反応(Wachstumsprobe; WP)
特徴:凝集反応の一つで生菌を抗原として使用し凝集が確認された血清の最大希釈倍率を抗体価とする。
目的:野外感染状況診断、ワクチン抗体価診断。
診断疾病:豚丹毒、レプトスピラ。

(7)受け身(間接)凝集反応(例:ラテックス凝集反応)
特徴:凝集反応の一つで、凝集反応として観察できない抗原をラテックスのような人工粒子の表面に結合させて抗原抗体反応を行う。
目的:野外感染状況診断、ワクチン抗体価診断。
診断疾病:トキソプラズマ、オーエスキー病、豚丹毒。

(8)赤血球凝集抑制反応(Hemagglutination Inhibition Test; HI)
特徴:血球凝集能(HA能)をもつ病原体に対する抗体を検出。病原体表面の赤血球凝集素(抗原)に抗体が結合すると赤血球凝集性を失う。HA能が阻止された場合添加した血球は沈殿して日の丸状(?)になる。
目的:野外感染状況診断、ワクチン抗体価診断。
診断疾病:豚インフルエンザ、豚パルボウイルス、日本脳炎。

(9)補体結合反応(Complement Fixation Test:CF test)
特徴:抗原と抗体(血清)を反応させた後、補体を加えると抗原抗体複合体と結合する(第1反応系)。そこに羊赤血球と抗羊赤血球抗体(溶血素)を加えると、先の反応で残っている補体が結合活性化し羊赤血球を溶血させる(第2反応系)。その溶血度、残った補体量、初めに消費された補体量を基に抗体価を算出。
目的:野外感染状況診断、ワクチン抗体価診断。
診断疾病:マイコプラズマ・ハイオニューモニエ、グレーサー病、胸膜肺炎。


遺伝子診断検査

(1)PCR (Polymerase Chain Reaction;ポリメラーゼ連鎖反応)
特徴:組織、血液、糞便などを材料にDNA及びRNAの領域を増幅させて診断(+・−)。
目的:野外感染の有無を診断。(定性)
診断疾病:豚サーコウイルス2型、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)、伝染性胃腸炎、流行性下痢、日本脳炎、パルボ、オーエスキー、ローソニア、豚インフルエンザ)、レプトスピラ、パスツレラ毒素株、マイコプラズマ(M.hyopneumoniae、M.hyorhinis)、MAC(抗酸菌)

(2)リアルタイムPCR
特徴:組織、血液、糞便などを材料に診断。リアルタイムPCRとPCRは目的とするDNA領域を増幅させる原理は同じ。リアルタイムPCRは定量検査に優れている(感染量を診断)。
目的:野外感染の有無を診断。(定量)
診断疾病: 豚サーコウイルス2型、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)


病原学的検査(病性鑑定検査)

豚の臨床症状から、病気を推察することはある程度可能ですが、疾病対策をより的確にするにあたり、病原学的診断から得られる情報は非常に有用です。死亡豚、ひね豚、下痢便、鼻汁、諸臓器などを用いて診断します。

目的:事故原因を診断。(死亡、発育不良、その他)
検査方法:細菌学的検査、ウイルス学的検査、寄生虫学的検査。
診断疾病:萎縮性鼻炎(AR)、胸膜肺炎(App)、グレーサー病(Hps)、パスツレラ症(Pm)、大腸菌、クロストリジウム・パーフリンゲンス、ローソニア(PPE)、レンサ球菌、豚丹毒(SE)、サルモネラ、すす病(Staphylococcushyicus)、豚サーコウイルス2型(PCV2)、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)、伝染性胃腸炎(TGE)、流行性下痢(PED)、日本脳炎(JE)、パルボ(PPV)、オーエスキー(AD)、豚インフルエンザ(IF)、レプトスピラ、マイコプラズマ(M.hyopneumoniae、M.hyorhinis)、MAC(抗酸菌)、ロタウイルス、豚赤痢、回虫、鞭虫、コクシジウム(アイメリア、イソスポラ)、バランチジウム、疥癬(ヒゼンダニ)など、豚に感染・発病する全ての疾病を診断。


豚役に立つ検査を行うために

それでは生産現場で役に立つ検査とはどういうものでしょうか。『検査を行っても何も解決しないし、豚にストレスが掛るだけだ』と言った声も耳にします。実際にそうなのでしょうか。弊社では新しいクライアントの農場へ伺うと問題部分の確認と同時に必ず行うことがあります。それは総合的な聞き取り調査です。それは当たり前のことだろうと感じている人は多くいると思いますが、これが意外に盲点なのです。事故の発生など問題を抱えている農場では余裕が無いこともあり、事故の発生ポイントを中心に話をする傾向があります。つまり現状の話(事故発生のステージのみの確認が多い)はしても、その状態に至るまでの経緯などは話をしていない場合が多く見られます。これでは役に立つ検査を行うことは難しいでしょう。役に立つ検査とは出来る限りの情報を収集し、それらを加味してその農場に合う総合的なプランで実施された時に初めて可能になるものだと思います。


聞き取り調査のポイント

(1)現状の問題点を細かく調査。
(2)過去(出来れば10年前から調査)〜現在の管理・作業・薬剤・ワクチン・ホルモン・消毒・糞要処理・飼料・水・ヒューマンフロー(人間関係)に至る総合プログラムを調査。
(3)今まで行ってきた検査方法・種類とそれを基に対応したプログラム、対応後の結果など調査。
(4)短期のプラン(例:数か月〜1年ほど)、中期のプラン(例:2年目〜3年目)、将来のプラン(例:3年目以降)を作成。


目的毎の検査プラン(一例)

(1)事故や問題点を未然に防ぐ予防衛生検査プログラム。(健康診断、通信簿的な意味合いを持つ)
未経産豚(導入豚、自家育成豚)、妊娠種豚、授乳種豚、哺乳子豚、子豚(30、60、90、120、150、180日齢)のステージ毎に血清学的検査(血液抗体検査)を年2回程実施。(春、秋)
(2)流産原因の確認検査プログラム。
ペア血清診断法:流産発生時に流産した種豚とその周りの種豚を採血、その3週間後に同じ種豚を採血、それを同条件下の元で流産原因となりやすい検査項目を選択して血清学的検査(血液抗体検査)を実施。
流産胎子診断法:流産胎子や胎盤を用いて病原学的検査(病性鑑定検査)を実施。
(3)事故原因の究明検査プログラム。
呼吸器系、消化器系、神経系、関節炎、皮膚炎など、農場に起こった様々な問題点の原因究明と対応を病原学的検査(病性鑑定検査)や遺伝子診断検査を用いて実施。
(4)豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)、豚サーコウイルス2型など疾病限定の確認検査プログラム。
血液、糞便、諸臓器、死亡豚などを用いて遺伝子診断検査を実施。


採血・採取時、発送時の注意点

(1)事故が発生しているステージのみの採血や採取ではなく、前後のステージも加味して実施。
(2)農場内の最年長子豚(出荷遅れ豚や隔離豚)も忘れずに検査対象とする。
(3)事故の原因を究明するためには血清学的検査(血液抗体検査)だけではなく、病原学的検査(病性鑑定検査)や遺伝子診断検査も同時に実施する。
(4)病原学的検査(病性鑑定検査)を実施するときに解剖を行った際には、諸臓器を部分採取するのではなく、全ての臓器を採取する。これは2次汚染を防止する目的もありますが、胃などの臓器を確認する事によって疾病優先か管理優先かを判断する材料にもなる。
(5)導入豚は目的毎に採血時期を変える。導入時点の確認は導入時、馴致結果の確認は馴致完了後に実施。
(6)母豚の健康状態、移行抗体状況の確認などを行う時は、授乳母豚とその哺乳子豚(出来れば大きい子豚、小さい子豚を選定)をペアで採血。
(7)保定を素早く丁寧に行うと採血時間が短縮出来る。1頭に掛る採血時間を短縮できればそれだけ豚や人への負担が軽くなる。※2人1組で20〜30頭前後の採血を行った場合、約1時間以内の作業が目安。
(8)採血した血液は数時間程室温へ置き血清を分離させる。その後冷蔵保存して発送する。
(9)事故豚や下痢便、諸臓器などは清潔な袋で梱包する。2重梱包がベスト。その後、保冷剤を入れた容器に移して再度梱包して冷蔵で発送。ただし、保冷剤を検体に直接当てない事。
(10)細かい発送条件についてはその都度利用される検査機関へ確認を行って下さい。


総論

検査を行う機関は弊社のような民間の検査機関、薬剤メーカーや飼料メーカーの検査機関、家畜保健衛生所、共済の家畜診療所など複数存在します。どこで行うにしても豚にストレスを与え、現場の作業時間にも影響を与えることになるのですから、事前の目的や経緯、方向性(改善性)などを良く話し合って、迅速且つ正確なプランで行うことが重要だと思います。
慢性的な疾病や伝染病、新たな疾病、糞尿処理、環境問題、コンプライアンス、アニマルウエルフェアなど、養豚を取り巻く現状は今後も波乱含みが予想されますが、それらに打ち勝つ強い経営をサポートすることが検査に課せられた使命だと思っています。
事故や問題点などは原因が無いのに発生はしません。検査はヒューマンフロー(人間関係)、ピッグフローの両方に必ず役立ちます。検査を行っている・行ったことがある農場はそのプログラムを再考して見て下さい。又、今まで検査を行ったことが無い農場は今回の記事で少しでも興味を抱いていただけたら幸いです。

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