養豚界 7月号

養豚界7月号

 

すぐそこまでやって来てます。早いもので、そろそろ夏本番です。
 昨年の夏は全国的に猛暑を超え、酷暑でした。私は関東地方担当なので、特に群馬県や埼玉県の内陸部では、農場の事務所や畜舎内に設置してある気温計が40℃以上を指していることが、しばしばありました。私が子供のころは、31~32℃になるとテレビのニュースで取り上げられていた記憶があります。それが、今では32℃だと”今日は比較的涼しいなぁ”と思ってしまいます。感覚がおかしくなっています。朝の7時から30℃を超えているわけですから・・・
 農場で作業される方々も、命がけだったと思われます。梅干を口に入れたり、スポーツ飲料をこまめに摂取したり、いろいろな熱中症対策をされておりました。
 では、豚はどうだったでしょう。
 豚達の”ぐったり感”は相当なものでした。体の大きさに比例して”ぐったり感”が増している様子なので、母豚や雄豚もしんどそうでした。しかし飼養頭数が多く、密な肉豚たちは更に過酷な状況でした。特にオガ粉豚舎での肉豚の状況は開口呼吸をしている豚が散見していたり、蒸し焼き状態になっておりました。
 もともと、豚は暑さに弱い生き物です。では、人間と豚の大きな違いとは・・・
 人間は、暑さを感じると汗をかき、呼吸回数が増加するといった調整機能が働きます。これは、汗を空気中に蒸発させる事で体熱を空気中に発散させているのです。そして呼吸回数が増すことにより、呼気中に含まれる水分を空気中に蒸発させ体熱を空気中に発散させています。しかし豚は、呼吸回数は人間同様増加しますが、厚い皮下脂肪があり、そして汗腺が未発達な為、発汗による冷却システムがありません。これらの事から高温環境下での豚の飼養はマイナス面が多くなります。
 連載3回目は、これから襲ってくる夏に向けて、弊社食環研のクライアント農場が実際に行っている夏場対策をおりまぜながら、夏場に起こった豚丹毒症状についてレポートいたします。
 夏場対策といえば多々ありますが、クーリングパッドや水冷式送風機などメジャーな夏場対策はご高名な先生方が各媒体やセミナー等でお話されているので、この誌面でマンパワーな(人力で、つまりはお金のあまり掛からない、けど手間は掛かる)事例を幾つか紹介します。

農場背景
 関東地方 母豚150頭1貫経営農場 自家育成農場 農場従事者 家族3名

農場形態
 種豚舎、分娩舎(OP) 離乳豚舎(簡易離乳舎)
 肥育舎、肉豚舎(スノコ豚舎およびオガくず豚舎)

稟告
 昨年夏の真っ盛り7月下旬、農場主から携帯に電話が掛かってきました。
 「肉豚が熱中症で死んでいる」との内容。確かに、関東の内陸部は連日35℃超えで、人も豚もバテ始めていた時でした。もう少し、突っ込んで聞いてみると、スノコ肉豚舎とオガ粉肉豚舎の2ラインあるうち、オガ粉肉豚舎でのみ死亡しているとの事と、そこにいる肉豚にて体表(耳根部や臀部)が紫色になる症状が見られるとの事でした。電話だけでは状況が見えないので、翌日農場に伺いました。
 確かに、オガ粉舎での状況は暑熱の影響でバテている様子。症状が末期の肉豚はチアノーゼを呈し、うずくまって身動きが取れない状況でした。この1週間で、同豚舎で約10頭の急死が発生しているとの事で、訪問当日にも生後120日齢前後の肉豚が死亡しており、その場で解剖を実施し、同ステージにて採血も実施しました。

発生状況のまとめ
 発症ステージ:生後120日齢前後の肉豚(オガ粉豚舎のみ発生)
 症状:チアノーゼ(耳根部や臀部)を呈した後に死亡、関節炎や菱形疹なし

検体内容
 検体:約120日齢

解剖所見
 ・ 脾臓の腫脹
 ・ 肺の暗赤色化
 ・ 肺門リンパ節の発赤、腫脹
 ・ 心臓の点状出血
 ・ 腸管膜リンパ節の発赤、腫脹

検査結果(抗体検査も)
 薬剤感受性

考察
 今回の病性鑑定の結果、豚丹毒が検出されました。同時に実施した抗体検査の結果も豚丹毒の高い抗体価が確認されました。これで、「熱中症」ではなく「豚丹毒」であったことが判明しました。この結果を農場主に説明したところ、「豚丹毒」の典型的な症状、つまりは「関節炎」や「蕁麻疹(菱形疹)」の発生が皆無であり、”本当に豚丹毒?”というような表情だったことを覚えています。
 確かに、豚丹毒といえば関節炎や菱形疹が目に見える症状が特徴的ですが、最近では「敗血症型(急性型)」の発生が増加傾向にあり、気付いたときには症状が進行していたり、死亡していたりと短時間での状況変化が問題視されております。
 また、豚丹毒は春から秋にかけての暖かく、湿度の多い時期に好発する傾向があります。ダクトファンが設置され、比較的過ごし易い環境になっていたスノコ肉豚舎では1頭も発症せず、一方こぼし水と暑熱対策で散水し過ぎた結果、敷き床がグチャグチャになってほとんど田んぼ状態だったオガ粉豚舎でのみ発症したことは大きく頷けます。

改善提案
 昔から豚丹毒といえば”ペニシリン”と相場が決まっていたように、今回もペニシリンを用いた投薬をご提案いたしました。ここで、注意点があります。ペニシリンの通常治療単位は豚1kgに対して4000~5000単位ですが、豚丹毒の治療の場合はこの10倍、50000単位が必要です。例えば80kgの肉豚では13cc~14ccもの接種量が必要となります。
 言うのは簡単ですが、13cc~14ccもの量を肉豚に接種するのは容易な作業ではありません。注射されるのを、おとなしく待っていてくれるはずもなく、注射器片手に駆けずり回らなければなりません。逆に、おとなしく待っていてくれるような肉豚は症状が末期の為、逃げたくても逃げられない状況、つまりは”手遅れ”に近い肉豚だと思われます。
 他の農場では、ペニシリンの接種量が足りず症状が一時的に改善しても、翌日にはまた症状が出てしまい事故の軽減につながらなかった事例も耳にします。
 この農場では、従業員総出で適正量のペニシリンを接種していただきました。また、母豚への豚丹毒ワクチン接種は実施しておりましたが、子豚への豚丹毒ワクチンの未接種農場だった為、子豚へのワクチン接種も同時にご提案いたしました。
 そして、暑さによる農場環境が悪いことにも不安を覚えたので暑熱対策も実践していただきました。

(1) 子豚対応
   抗生剤使用薬剤(ペニシリン系薬剤)
   1.オガ粉
肉豚舎移動後に短期間のスポット投薬(体重約40Kgで移動)
   2.発症ステージに短期間のスポット投薬(生後約120日齢~150日齢)
   3.発症豚への早期個体治療(1kg=50000単位)
   4.死亡発生豚房の集中治療
   ワクチン(不活化ワクチン)
   5週齢以上の豚に約4週間隔で2回接種
(2)その他管理(暑熱対策)
   1. 畜舎の「洗浄」⇒「乾燥」⇒「消毒」⇒「乾燥」の徹底
   2.分娩舎、肉豚舎への寒冷紗の設置
   3.オガ粉肉豚舎の飲水器の下に返し板の設置(こぼし水が豚房外に出るように)
   4.母豚へのドリップクーリング実施
 
 

総括
 うだる様な暑さの”茹だる”という語感がぴったりでした。
 こちらの農場でも全体的に暑熱の影響を受けているのが分かりました。特にダメージが大きいと感じたのは分娩直前直後の母豚と、今回症状が出ていたオガ粉豚舎の肉豚でした。分娩直前の母豚はハァハァと息があがり、分娩直後の母豚も食滞を起こし、飼槽に餌が残っている状態でした。確かに、豚丹毒が原因で死亡しているのですが、この暑熱ストレスも大きく関与しているのではないかと感じました。
 そこで、発生ステージだけでなく農場全体の暑熱対策を見直しました。以下にこの農場で実施した夏場対策の例を挙げて見ます。

 母豚
  対策①:分娩直前と直後の母豚へ”ペットボトル式ドリップクーリング”
  対策②:工業扇(扇風機より大きめなオレンジ色の羽、5000円程度)の設置
  対策③:麦茶氷(麦茶を凍らせたもの)や電解質氷(電解質を凍らせたもの)の投与
  対策④:バテた母豚への冷水浣腸
  対策⑤:寒冷紗+散水(寒冷紗に水をかける)
 オガ粉豚舎
  対策①:寒冷紗+散水
  対策②:既存のメーターファン以外に、工業扇の設置
  対策③:メーターファンに家庭園芸用スプリンクラー(1万円台)を設置し簡易細霧装置の作成(タイマーを別途購入し散水時間の設定も可能)

 本当に器用です!養豚場の方々は。
 お気付きのように、あまりお金掛かっておりません。すべて近所のホームセンターで揃えた物です。肉豚舎のお手製簡易細霧装置に関しては、その後、訪問するたびに農場主の自画自賛を聞かされました。よっぽど効果があり気に入ったのでしょう。ペットボトル式ドリップクーリングも分娩直前直後の母豚に実施したのですが、予想以上の改善効果があったようです。あと、麦茶を凍らせた”麦茶氷”は私の中ではポイントが高いです。人間も夏になると麦茶を飲みますが、あれにはカリウム、マグネシウムなど体温を下げたり、血流を良くする効果があるみたいです。人間に良いものならば豚にも!という安直な考えで与えた結果、母豚がすごい勢いで氷を食べていました。ここで紹介した対策事例は、農場の飼養方法、環境や設備、立地条件等によっては効果が出ないばかりか、悪影響を及ぼすことになる事もありますので、必ず獣医さんや出入り業者さんに相談してください。
 この農場では豚丹毒症状はまもなく終息しました。聞くところによると、豚丹毒が原因で数百頭もの死亡があった農場もあるようです。どこかで”豚丹毒=関節炎、菱形疹”という先入観があったのかもしれません。急性豚丹毒にご注意を!!

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