今農場では何が起きているのか?

はじめにマイコプラズマを中心に慢性疾病とサーコウイルスを再考する。

あまり振り返りたくはないが、昨年は養豚業界だけではなく、世界規模で様々な事が起こり、養豚業界も原油価格の高騰、畜産資材の高騰、飼料代の高騰、肉畜相場の急低下、金融危機等、様々な要因で振り回され、まさに激動の年であった。ただ、そんな激動の年に3メーカーから待望されていたサーコウイルスワクチンが販売された。
一躍業界の救世主の出現?と思われたが本当のところはどうなのだろうか。その内の1種類は昨年3月頃からいち早く販売を開始したが、その時点で供給量が間に合わず、当初から接種が出来ていた農場は少ないと思う。
昨年の秋に2メーカー(母豚用と子豚用)が追加で販売され、最初に販売された1メーカーも何とか供給量が保てて来たので、全国的にはようやくサーコウイルスワクチンが行き渡る事が出来ている。しかし、この反面でサーコウイルスワクチンの接種を開始した農場や接種を開始してしばらく時期が経過している農場で異変も起こっている。
サーコウイルスワクチンの接種を開始した全ての農場で成果が現れているとは限らないが、当初は急激な事故率の低下や成果が見られていて、このまま行けば農場内の全ての疾病を撲滅する事が出来るのでは・・との淡い期待も持たれていたが、実際はそんなに甘い話では無いようだ。
ある農場ではヘモフィルス性肺炎、ある農場では浮腫病、ある農場ではレンサ球菌感染症、ある農場ではグレーサー病、ある農場ではマイコプラズマ性肺炎等・・、今まではそんなに目立つことの無かった慢性疾病群の発生が増加している傾向にある。今回はそんな現場の状況をもう一度再考し、慢性疾病群の中でも経済的な被害が強い、マイコプラズマ病を中心に、今農場では何が起きているのか、何をすべきなのか等、考察して行きたいと思う。

マイコプラズマ病について

<1.マイコプラズマ肺炎>
病因:Mycoplasma hyopneumoniae(以下MPSと略す)。
MPSは流行性(常在性)の慢性呼吸器病である。
他の疾病との複合感染も引き起こしやすく、若齢豚で感染、発病するとさらに被害が大きくなる。
世界的にも日本の汚染率は高く、養豚経営上甚大な被害をもたらす重要な疾病である。このことから経済疾病とも言われている。
症状:MPSの罹患率は高く、罹患豚は被毛に光沢を失い、発育不良になる。
子豚期での感染を防ぎ、肥育後期での感染量を抑えることは、本病をコントロールする上で重要。他の疾病との複合感染も起こりやすく、発現する臨床症状も重篤になりやすい。
元気消失、食欲不振、嘔吐、腹式呼吸、乾性の発咳等の症状が現れる。

<2.マイコプラズマハイオライニスが関与する関節炎症状>
病因:Mycoplasma hyorhinis
本病は通常3〜10週齢の幼若豚に散発的に認められる。
正常豚の鼻腔内に30〜60%の割合で存在しているが、その保菌割合は年齢に応じて異なる。>
本病は生後1年未満の豚では約80%に達するが、1年以上のものでは30%に過ぎない。
本病は萎縮性鼻炎やMPSが多発している群で多く見られる傾向がある。
症状:本病発生後、急性期には被毛が粗剛となり、動作は鈍く不活発、軽度の発熱、食欲低下から関節炎症状へ転じる。

マイコプラズマ病と関与しやすい疾病群について

<1.ヘモフィルス胸膜性肺炎>
病因:Actinobacillus pleuropneumoniae(以下Appと示す)
Appは今現在1型から12型までの血清型に型別され、5型についてはa、b、cに分類される。
細胞毒も3種類同定されており、強い病原性を示す。日本での発生は2型が多く、次いで1型、5型が多いが3、7、11、12型等も分離されている。
Appの発生は不顕性感染、日和見感染的な要素が多く、環境の悪化やストレス等が引き金となり発生する。(慢性的な肺炎症状、急性症状による突然死)
症状:Appに感染した豚は免疫の程度、衛生環境、管理状態、感染時期等の要因により甚急性、急性、亜急性、慢性の臨床経過をとる。
甚急性、急性では突然の元気消失、食欲不振、脈拍数の著しい増加、40度以上の発熱、嘔吐、下痢、腹式呼吸、呼吸困難、吐血(鼻等)、チアノーゼ等の症状を示し、発病後1
〜3日位で急性死する。
亜急性及び慢性は、湿性の発咳や食欲の減退等の症状が現れ、これによる発育不良等が認められる。

<2.グレーサー病>
病因:ヘモフィルス・パラスイス。血清型は15種類以上に分類される。
症状:通常4週齢〜9週齢頃の子豚に好発生しやすい。母豚からの母乳免疫消失や離乳頃の環境的要因が発病の一端を担っているとされる。
普段は鼻腔や扁桃に存在しているが、様々なストレスや環境的要因によって心臓や肺臓に移行し発病を促す。
無症状からの突然死、食欲不振、貧血症状、神経症状、関節炎、肺炎症状、へコヘコ症状等、状況により様々な病態に変化する。

<3.浮腫病>
病因:原因菌は腸管毒血症性大腸菌(ETEEC)と総称されるが、ベロ毒素を産生することからベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)と呼ばれている。
本病にて分離される血清型(菌体抗原)は、O139、O141、O138が多く(他に2、5、8、18、20、45、75、86、111、115、117、121、133
、145、147、型別不明)、線毛産生変異株の線毛抗原F107(F18ab)の関与も認められている。この付着因子は腸管内で効率よく産生され、腸管上皮細胞上にF107(F18ab)のレセプターを保有する子豚に好発する。
症状:浮腫病は大腸菌エンテロトキセミアの典型であり、小腸内で産生されたベロ毒素(VT)が体内に吸収され、ベロ毒素血症を引き起こすことにより発病する。
ベロ毒素は今の所6タイプが報告されており、浮腫病にはVT2とVT2eが関与しているが、ベロ毒素とエンテロトキシン(ST、LT)を同時に産生する株も存在する。通常離乳後1〜2週間の豚に散発し、全身の浮腫、神経症状、急死等を主徴とする。

<4.レンサ球菌感染症>
病因:連鎖球菌(ストレプトコッカス・スイス等)
症状:敗血症型は発熱、呼吸困難、皮膚が赤味を失い青黒くなるなどの症状を示し髄膜炎型は発熱と神経症状が主で、遊泳運動や痙攣など特徴的な症状を呈し、急性経過で急死する。
関節炎型は跛行、運動失調を起こし、経過の長いものでは関節部に膿瘍がみられ、多くの場合長期間にわたり発生が続き、心内膜炎型は特別な症状は見られず、と畜検査で発見され廃棄処分となる。

<5.PCVAD(サーコウイルス2型感染症)>
病因:豚サーコウイルス2型。エンベロープを保有しない。
症状:体重が減少し、被毛粗剛となり、しばしば呼吸器症状が認められる。貧血や黄疸を呈する場合もある。
多くの場合リンパ節が腫脹し、しばしば触診が可能となる。
その他にも下痢、腎不全、皮膚炎、胃潰瘍等、その症状は多岐にわたる。全体の免疫力が低下することもあり、様々な合併症状を引き起こす。
斃死率は5%〜50%と幅広く、感染から発病までの進展が遅く、感染期間も長い(12ヶ月〜18ヶ月)こともあり、他の疾病との識別が難しく経済的被害も大きい。

<6.豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)>
病因:トガウイルス科アルテリウイルス属PRRSウイルス(以下PRRSと示す)
エンベロープを保有する。
PRRSは繁殖障害や呼吸器病にかぎらず、あらゆる病態に関与するウイルス性伝染病である。
伝播力が強くマクロファージで増殖するので、全体の免疫力が低下し、他の疾病との複合感染を起こしやすい。
感染経路は、感染豚の移動、導入及び出荷屠畜場での汚染、空気感染等が最も多く、感染豚は、ウイルスを体内に長期間保持し、鼻汁、唾液、糞尿、精液等に多量のウイルスを排泄する。
一番の問題は、体内の免疫物質であるマクロファージが破壊されてしまうので、体の免疫力、抵抗力が低下することである。
症状:日齢、免疫の程度、衛生環境、管理状態、感染量等の要因により異なり、感染後、全体の免疫力が低下し、様々な合併症状を引き起こす。
症状としては、一過性の発熱、食欲減退、繁殖障害全般、無乳症、子豚〜肥育豚の発育不良、激しい腹式呼吸、呼吸器症状(へこへこ)、死亡等が現れる。

何故マイコプラズマ肺炎が増加するのか

では何故マイコプラズマが抑えられずに増加してしまうのだろうか。
マイコプラズマは単独では死亡率は低いが、罹患率は高く、発育停滞、飼料効率の低下、大きな経済的損害、複合感染を起こしやすい。
この複合感染を引き起こしやすい性質が1つの原因を担っている可能性が高い。
弊社が今まで現場で感じてきた状況では、AR(萎縮性鼻炎)、Pm(パスツレラ感染症)、Hps(グレーサー病)、下痢症状(大腸菌、クロストリジウム、コクシジウム)等の疾病群や、不適切な環境下での飼養(乾燥、塵埃等)、様々な強制ストレス、ワクチン接種時期や使用メーカーの不用意な変更等の関与が大きい農場では全体的なマイコプラズマの防御効果は低くなっている。

現場で起こっている問題点と改善点<飼養管理に対する意識
疾病感染や事故の増加、経営状態の不振、人材不足、糞尿処理等、養豚業界が背負っている問題は多くあり、常に不安が付きまとっている。
こんな中で販売が開始されたサーコウイルスワクチンはかなりの救世主的存在になっている。しかし、今まで養豚業界を震撼させてきた疾病はなにもサーコウイルスだけではない。
いつかの主役はAD(オーエスキー病)であったり、AR(萎縮性鼻炎)であったり、PRRSであったり、Appであったり、MPSであったりしたはずである。
では、今挙げた数多ある疾病群において、養豚業界は完全に解決出来ているのだろうか。
悲しい事に未だに解決が出来ていない現状がそこにはある。
個々の農場においては、様々な疾病に対する改善が見られるが、未だに疾病の呪縛から逃れる事の出来ない農場との明暗は、飼養管理全般に関する意識の薄さがある様に感じられる。

<飼養管理意識の明暗>
(1)飼養する環境差を踏まえた管理意識
 隣り同士が密集している地域と隣りが5〜10キロメートルも離れている地域では、その飼養条件や農場毎の飼養管理への工夫が異なる。
(2)飼養密度に対する意識
 疾病の感染、発病は豚房の面積だけではなく、体積も含めた空間容量(空気容量)が重要になる。
 1豚房に飼養されている豚の数と接触回数で疾病感染の被害状態が異なってくる。
(3)空調管理への意識
 疾病感染の引き金は必ず空調と一緒にある。
 共通はすきま風、乾燥、新鮮空気密度の低下、温度差等だが、肥育期では換気不良、子豚期では過換気が問題になる事が多い。表面の温度表示に表れない体感温度の変化が疾病発生の明暗を握っている。
(4)糞尿処理に対する意識と設備の格差
 糞処理と尿処理に余裕があるところは改善が早い傾向にあり、余裕が無いところは効果の発現後、新たな被害が再発生する危険性がある。
(5)使用飼料の選択ミスとレベルの格差
 今までの経営が影響していると思われる使用配合飼料の選択性、栄養性、吸収性の格差、様々な機能性サプリメント資材の利用格差等は、ワクチンや薬剤、消毒薬の使用では解決出来ないヒネ・虚弱や疾病群の発生が見られる危険性がある。
(6)ワクチンや薬剤、消毒薬等の使用意識と目的意識の問題
 使用する目的意識と改善目標がはっきりしていない。
 何が必要で、何が不必要かさえも理解していない。
 行うべき時期や時間、事前の準備や事後の注意点等の理解が薄くなって来ている。
 ワクチンは回数を行うほど効果がアップする。薬剤は多薬剤で使用すれば効果がアップする。
 使用濃度が高ければ高いほど効果がアップする。消毒薬は使用濃度が高いほど効果がアップする等。間違った情報を信用している。
 原点回帰ではないが、ここの見直しを行なわないと数年後の農場の成績を大きく左右してしまう。
(7)管理プログラムの変更時期の不備
 冬季間や季節の変わり目、農繁期等、人手が最も不足し、養豚以外の様々な業務が入り込む時期の変更が多く見られる。
 目的意識が無いままでの管理プログラムの大幅で急激な変更はタブー。
(8)ワクチン接種前や接種時の子豚の状態を無視している。
 どんなワクチンもその作用に大小はあれど副作用が存在し、様々なストレスに敏感に反応してしまう。
 この点を無視したワクチン接種が横行している様に思う。ワクチンプログラムは全国全農場共通ではなく、必ず自社の農場にあったワクチンプログラムが存在する。

まとめ

ある農場で雑談をしていた時にこんな話がでたことがある。
『ワクチン接種の日程やプランを気にしている農場は多いだろうが、母豚へのワクチン接種を行なう”時間”や回数まで他の農場では気にかけているのだろうか?』
実際にこの農場は、このワクチン接種を行なう時間や母豚へのワクチン接種回数を再検討してから、母豚の体調不良(熱発、食欲低下、ワクチンリアクション、繁殖障害全般)の発生数は明らかに激減している。
今現在、マイコプラズマワクチンやサーコウイルスワクチンに限らず、母豚へ行なう様々なワクチン接種は以前に比べてもかなり多くなって来ている。
しかもそのほとんどが分娩前に集中し、分娩前の身重の母体に人間が限界までストレスを与えている。これでは何が目的でワクチン接種を行なっているのかが解らなくなってしまうのではないだろうか。
実際に現場では、自分で思い込んだ改善作業(ワクチン、薬剤、消毒等)を行えば行うほど、様々な慢性疾病による被害が以前よりも発生している農場が多く見られる。
これほどのワクチン作業を余儀なくされる疾病レベルの高い農場は存在はするが、本当に自分の農場でそこまでの作業が必要なのかどうかについては検討して貰いたいと思う。

いつの時代も豚を守れる存在は”人”である。
その人材に伴う形で設備やワクチン、薬剤等のオプションアイテムが存在し、それが生かされる様になっている。豚と人との係わり合いがいつの間にか気が付かない程度で粗雑になってしまった時に、新たな問題点が発生するのかも知れない。

< 初出:臨床獣医 菊池雄一 >

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