養豚界 5月号

昨年は日本の畜産産業にとって、まさに厄年でした。宮崎県で発生した口蹄疫で約29万頭もの家畜が殺処分され、それに従事する畜産関係者には想像を絶する惨劇だったと思われます。そして、穀物市場の高騰やTPP問題等これからの畜産業界を取り巻く状況は、平坦な道のりでないことは容易に想像できます。しかし、このような状況だからこそ、自分の農場の課題を再度把握し、どうすればその課題をクリアできるか明確なビジョンが必要不可欠だと考えます。
また、この原稿を執筆していた3月11日に「東北関東大震災」が発生しました。亡くなられた方々へご冥福をお祈りするとともに、被災にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。畜産では沿岸部にある飼料工場の八戸、石巻、鹿島が地震と津波の被害で飼料供給に大きな影響がもたらされております。1人でも1頭でも多くの命が救われ、1日も早い復旧復興を願うばかりです。
弊社食環研では、豚・牛・鶏の免疫学的検査や病性鑑定、薬剤感受性検査と食品の栄養成分分析や残留農薬分析など、食と環境に関わる各種検査を実施しております。
これら検査結果に基づき、直接現場に入り、その現場の状況を把握しながらコンサルテーションを実施しております。
今回から、弊社食環研が今まで行ってきたコンサルテーションの実例を挙げて、皆様にご紹介させていただこうと思います。

第1回目の実例は、発症状況のみから疾病を推測し、対応策をとりましたが、改善が見られなかった事例をご紹介します。

 

農場背景
関東地方、母豚300頭1貫経営農場、PS外部導入農場、農場従事者5名

 

農場形態
分娩舎、離乳舎ウインドレス豚舎、その他OP豚舎、2サイト農場

 

稟告
農場主に出会ったのは11月でした。その年の春までは離乳後事故率3%~4%程度の比較的安定した農場だったようです。しかし春以降、肥育豚(30~40Kg以上)の急死が散見し始めたとのことでした。その農場では、以前にAppが発生した際、肥育豚の急死を経験しており死亡豚の状況から「またAppか!!」と結論を出したようでした。結論が出れば、行動力のある農場主なのでApp対策を徹底しようと、農場主の号令で、今まで未接種だったAppワクチンを子豚に接種を始めました。死亡の原因がAppであればこのレポートはここでお終いなのですが、思惑通りに行かないのが生き物を扱う難しさで、3ヵ月後には離乳後事故率が悪化していたとのことでした。子豚期飼料でApp対策の抗生剤を投薬している期間は、発症が軽減して、それなりの効果が認められたらしいのですが、抗生剤を投薬しない期間や肉豚飼料に切り替えた後の抗生剤投薬が出来ないステージでの発症が目立つようになり、ピークでは事故率10%を超える時もあったそうです。
頼みのAppワクチンも相手がAppであれば、もちろん効果が出るのでしょうが、ワクチン接種群が肉豚舎に移動した後も、期待していた効果が現れなかったようです。
そして、11月の終わりに養豚生産者組合の会合があり、そこで農場主と出会いました。
以前に1度お会いして面識があったので「検査屋です」と声をかけたところ、「半年前からAppに悩まされている」と、目の前のテーブルに並んでいるご馳走をよそに、農場の状況を教えてくださいました。
農場主の話を聞いていると、「関節炎」という単語が何度か出てきました。
「発咳」よりも「関節炎」「突然死」の発生が多いという状況と、App対策を行っても症状の改善につながっていないという状況から、App関与の可能性が低い、もしくはAppだけではなく、その他疾病も関与している可能性があるのではと農場主に伝えました。
それから数日後には、その農場から死亡豚の病性鑑定依頼があり肥育豚の病性鑑定を実施しました。

 

検体内容
検体1:約10週齢(無投薬)死亡前日まで症状確認できず。突然死
検体2:約17週齢(無投薬)死亡前日まで症状確認できず。突然死

 

解剖所見
検体1
・ 肺の著しい充血及び肺葉間の浮腫
・ 肺門リンパ節の腫脹と発赤
・ 小腸内容物が水様
・ 腸管膜リンパ節の腫脹と発赤
検体2
・ 肺門リンパ節の腫脹と発赤
・ 腸管の出血
・ 腸管膜リンパ節の腫脹と発赤

 

考察
今回の病性鑑定の結果から、「App」は約半年間濡れ衣を着せられていたことが判明しました。半年間も農場を混乱させた真犯人は「レンサ球菌」でした。
レンサ球菌のなかでも、今回検出された「Streptococcus suis」が最もやっかいで、「髄膜炎」「敗血症」「心内膜炎」「肺炎」そして「関節炎」などを引き起こします。もともと農場でのレンサ球菌の一般的な認識は、離乳前後の子豚で発症する「神経症状」(起立や歩行不能、後弓反張、震え、遊泳運動など)だと思われます。今回はその一般的な症状ではなく、肥育豚の「突然死」や「関節炎」だった為、『肥育豚の突然死=App』と結び付けてしまったようです。

 

改善提案
そもそも、レンサ球菌は繁殖豚群の免疫レベルや汚染状況に大きく左右されます。
初産母豚の割合が多い、または高産歴母豚の割合が多いなどの産歴構成の乱れに影響されます。
中長期的な対策では、計画的な導入と自農場の淘汰基準を明確にし、産歴構成を整えていただく事。また、農場側としては”耳にたこ”かもしれませんが基本の洗浄消毒を今一度再考していただくよう提案しました。その理由のひとつに、洗浄、消毒後の「乾燥」が設けられておらず、床が乾く前に豚の搬入が行われていました。そしてそれを農場主が把握していなかった事が発覚しました。その後しばし従業員との責任転嫁のやり取りが続きましたが、豚の事が棚にあげられている状態での責任転嫁議論になっていることに悲しい思いがします。
“抗生剤もワクチンも日々の基本管理があってこそ”その為には”従業員とのコミュニケーション”と繰り返し伝えました。
それと、農場に入った際に豚以外の生き物が目に付きました。もし”ねずみ”の販売をする”養鼠”なるものが存在すれば、その農場はそちらの世界でも成績優秀であったであろう丸々太った鼠が梁の上を駆け回っていました。鼠の害は器具機材、断熱材等の破損はもちろん、病原菌や寄生虫等疾病の伝播も少なくありません。早急に鼠駆除の実施を促しました。
そして、抗生剤による改善案は、当社で実施した薬剤感受性を基に、繁殖豚群のクリーニング及び哺乳豚への垂直感染予防でペニシリン系の投薬を実施し、子豚では移動時ストレスによる発症予防目的でペニシリン系もしくはサルファ合剤のスポット投薬の実施をご提案しました。
(1) 繁殖豚対応(クリーング及び垂直感染予防)
抗生剤
使用薬剤(ペニシリン系薬剤)
1.導入豚へのスポット投薬
2.分娩舎:分娩前後のスポット投薬
3.ストール舎:定期的なスポット投薬(この農場では12月、3月、6月、9月の年4回実施)
(2) 子豚対応
抗生剤
使用薬剤(ペニシリン系薬剤及びサルファ合剤使用)
1.離乳舎移動後に短期間のスポット投薬(生後約30日齢体重約8Kgで移動)
2.肥育舎移動後に短期間のスポット投薬(生後約70日齢体重約30Kgで移動)
3.発症豚への早期個体治療
4.死亡発生豚房の集中治療
(3)その他管理
1. ストール舎から、分娩豚舎に移動する前に母豚の豚体消毒
2. 畜舎の「洗浄」⇒「乾燥」⇒「消毒」⇒「乾燥」の徹底
3.発生当時は初産豚や高産歴母豚の割合が高い状況⇒計画的な導入と明確な淘汰基準の確立
4.鼠駆除の実施

 

総括
年明け1月末の訪問時の時点で、以前に発症していた関節炎症状の残り豚がいくつか散見しておりましたが、肥育舎移動後の新しい豚群の事故は軽減していました。
それから更に1ヵ月後の2月末の訪問時には、レンサ球菌症状での死亡豚は抗生剤が投薬できない肉豚飼料ステージでわずかに発生したのみで、1年前の事故率(4%)に戻っていました。「洗浄」⇒「乾燥」⇒「消毒」⇒「乾燥」この当たり前なようで意外と目を背けがちな地味な管理と、農場の在庫にあった抗生剤をスポット的且つ効果的に使用したことにより、半年間悩まされてきた問題が解決しました。
“朝一番の仕事が死亡豚の片付け”これが何日も続くと心が折れると農場主がおっしゃいました。
予期せぬ事故や病気に悩まされることは、生き物相手の仕事をされている方なら必ず通る道だと思います。
疾病対策について言えることですが、まず自分の農場はどのステージで、どのような疾病による関与を受けているのか適切な診断を行い、速やかに対処または予防することが最も重要です。推測による診断は時として農場を更に混乱させてしまうことがあります。
疾病の予防として一般的にワクチンや抗生物質の投与、そして管理面では消毒や空調管理、温湿度管理、飼養管理などがあります。しかし定期的な抗体検査や死亡豚の病性鑑定、薬剤感受性検査等の衛生管理も疾病予防の一助になります。農場を困らせている相手(病原菌やウイルス、寄生虫など)を迅速に特定し、相手の特性や性質を理解して対応することが被害を最小限に食い止める最も有効な”管理”だと思います。

youtube