このピークは農薬?~農薬検査の現場で起こる擬陽性ピークの判定方法~

厚生労働省通知試験法、もしくはそれと同等以上の妥当性が評価された試験法を用いれば、適正な農薬検査を行うことはできますが、得られた結果において、検出されたピークが農薬成分であるか否かを判定するためには、知識や経験、ノウハウが要求されます。なかでも農薬一斉検査は、分析時間30~40分の間に300種以上の農薬成分を同時に計測するため、検出されたピークが重複する場合も多く、そのピークが農薬成分なのか、その他の成分なのか(マトリクス成分、色素系成分、香り系成分など)を見極めるのが難しいケースに遭遇することがあります。
農薬検査の結果、農薬成分の可能性が疑われるピークを「擬陽性ピーク」と呼んでいます。ここでは、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MSもしくはGC/MS/MS)を用いた検査によって検出された擬陽性ピークの判定方法をご紹介します。

1. 擬陽性ピークの判定方法
1-1. GC/MSを用いて検出されたスキャンデータ
①クロマトグラムが既存ライブラリーと類似している
②標準品とリテンションタイム(RT)の差が認められない
③標準品とピーク形状が同じである
④テーリングや他ピークとの重複がない
【1次判定】
全て該当する場合 →【陽性】
1つでも該当しない項目がある場合 →「2. 擬陽性ピークの詳細確認(再検査)」へ

1-2. GC/MS/MSを用いて検出されたMRMデータ
①標準品とリテンションタイム(RT)の差が認められない
②標準品とピーク形状が同じである
③テーリングや他ピークとの重複がない
④標準品の定量イオン(m/z)と確認イオン(m/z)の面積比と類似している
【1次判定】
全て該当する場合 →【陽性】
1つでも該当しない項目がある場合 →「2. 擬陽性ピークの詳細確認(再検査)」へ

2. 擬陽性ピークの詳細確認(再検査)
①サンプルを希釈、もしくは濃縮する
②検査サンプルに農薬標準品を添加する(後添加試験)
———————————————
③SIMデータをとる、もしくは新たにSIMデータを追加する
④MRMデータをとる、もしくは新たにMRMデータを追加する
⑤定量イオンと確認イオンを変更する
⑥擬陽性ピーク専用の新規メソッドを作成する
⑦検査したカラムと同じ新規カラムを用いて再計測する
⑧特性の異なる別のカラム(液膜や長さを変える)を用いて再計測する
※まずは①及び②を実行し、判定できなければ③以降で検証する

3. 実例紹介
ある生鮮食品を検体に用いて、公定法に準拠した方法で抽出後にGC/MS/MS装置を用いて農薬検査を実施し、その結果得られたメフェナセットのマスクロマトグラム(MRMモード)です(図1及び図2)。
まず、1-2. GC/MS/MSを用いて検出されたMRMデータの擬陽性ピーク判定方法を確認します。

① 標準品とリテンションタイム(RT)の差が認められない
  RT差は、17.934-17.951=-0.017で殆ど差はない
② 標準品とピーク形状が同じである
③ テーリングや他ピークとの重複がない
④ 標準品の定量イオン(m/z)と確認イオン(m/z)の面積比と類似している定量イオンを100とすると
標準品の確認イオン1(R1)は114、確認イオン2(R2)は95
検体の確認イオン1(R1)は99、確認イオン2(R2)は192
※検体の確認イオン2(R2)の値が大きい(約2倍)

図1 メフェナセット標準品(10 ppb)の
マスクロマトグラム
図2 検体のマスクロマトグラム
定量値は9.11 ppb

【1次判定】
1項目該当しませんでした。従って過去の経験やノウハウから、2. 擬陽性ピークの詳細確認(再検査)」の②を実施しました。
②検査サンプルに農薬標準品を添加する(後添加試験)
→検液に最終濃度が10 ppbになるようにメフェナセット標準品を添加し、再検査を実施した。定量値9.11 ppb(図2)に5 ppbを添加すると、14.1 ppbの結果が得られる。あと添加試験の結果、14.4 ppbとなり、想定どおりの結果となった。

図3 あと添加試験のマスクロマトグラム
検液にメフェナセット標準品を添加(終濃度10 ppb)

【最終判定】
☆ 後添加試験結果は想定どおりの定量値が得られた。
☆ 標準品の検量線は濃度が高くなるにつれて、ピーク面積並びにピーク高さが大きくなるが、あと添加試験では、ピーク面積のみが大きくなり、ピーク高さはあまり大きくならなかった。
☆ 標準品よりもピーク形状が広がり、確認イオンも2つのピークが確認された。

 以上の結果から、本検査においてメフェナセットが擬陽性と判定されたピークは、ほぼ同じリテンションタイムに類似ピークが検出されたものであり、最終的に「陰性」と判定しました。
 本実例の擬陽性ピーク判定は、後添加試験のみで判定できましたが、できない場合にはさらに別の方法で詳細を検証します。

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農薬検査に関する詳細は以下のURLをご参照ください。

https://www.shokukanken.com/kensa_cat/foods/safety/pesticide-residue/

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