「カビ臭」に関与する異臭について

「カビ臭」に関与する化合物の閾値は極めて低く、ヒトは極微量でも「カビ臭」を認識することができます。そのため「カビ臭」は、水や食品においてクレームに至りやすい特徴があります。今回は、「カビ臭」を感じる代表的な臭気成分として、ジェオスミンと2-メチルイソボルネオール(以下2-MIB)、ハロゲン化アニソール類、微生物由来揮発性有機化合物について述べます。
 

1)ジェオスミンと2-MIB

水道水における「カビ臭」の原因物質として、ジェオスミンと2-MIBが挙げられます。これらの成分は、水道水の水質基準項目である51項目検査に含まれており、各自治体で定期的な検査が実施されています。ジェオスミンは「カビ臭」のほか「土くさい」とも表現される場合があり、水質基準値は0.00001 mg/L以下(閾値は0.01 mg/L)に設定され、一方2-MIBは「カビ臭」のほか「墨汁臭」とも表現される場合があり、水質基準値は同じく0.00001 mg/L以下(閾値は0.005 mg/L)に設定されています1, 2)。
ジェオスミン及び2-MIBは、湖沼・貯水池などの水源の富栄養化による藍藻類や放線菌の異常発生により産生されます。近年の研究から、「カビ臭」の産生能力には種特異性があり、同じ藍藻類であってもカビ臭原因物質を産生する種と産生しない種が存在することが報告されています3)。このように水の商品価値を左右するジェオスミン及び2-MIBを除去するため、水道事業者は高度な浄水処理、オゾン・活性炭・生物処理などを行うことにより「カビ臭」に対する対策を講じています。
食品におけるカビ臭のクレームとしては、水源のカビ臭に影響を受けた養殖魚や川魚が異臭を帯びてしまうケースが挙げられます。また、近年のミネラルウォーター人気にともなうクレームにおいてもジェオスミンや2-MIBが関与する場合があります。富栄養化水源を使用した、あるいは製造工程で放線菌が繁殖することにより「カビ臭」の原因に繋がった可能性が考えられます。ミネラルウォーター事業の更なる拡大により、水源管理のみならず、製造現場での衛生管理が重要になってくると考えます。ジェオスミン及び2-MIBに関しては、「毒性はほとんど認められない」と言われていますが、閾値が低く、人が不快に感じる水や食品の販売は不利益を被るため、今後も異臭成分としてのモニタリングが必要な成分です。

2)ハロゲン化アニソール類

ハロゲン化アニソール類は、極めて低い官能閾値と昇華性を有するカビ臭の原因物質です。その代表例が2,4,6-トリクロロアニソール(以下2,4,6-TCA)で、日本酒における閾値は0.0017 mg/Lと前項で述べた2-MIBの閾値(0.05 mg/L)よりもさらに低く、世界最強の異臭物質と言われています。
ワイン製造現場において、樽の防腐剤に用いた2,4,6-トリクロロフェノール(以下2,4,6-TCP)や樽の塩素消毒処理で生じた2,4,6-TCPは、特定の真菌によってメチル化され2,4,6-TCAが生成し、ワインの香味を損なうことが報告されています4)。日本酒においても同様の経路で2,4,6-TCP から2,4,6-TCAが生成し、日本酒の品質劣化を引き起こす事例が報告されています。防腐剤として2,4,6-TCPを使用した場合や木材を塩素系薬剤(特に次亜塩素酸ソーダ)で殺菌することにより木材のリグニンが分解、塩素化され2,4,6-TCAが生成することが報告されています。さらに日本酒の場合には、カビだけではなく、ある種の麹菌が関与している可能性が示唆されています5)。
 近年、生鮮野菜・果物の輸出入が増えており、木製パレットを使用していないにもかかわらず2,4,6-TCAが検出される場合があります。この場合も輸出前の塩素系消毒が原因のひとつとして推測されます。さらに食品や飲料だけでなく、下水処現場においても2,4,6-TCAによるカビ臭が問題になっています。下水処理で使用する活性汚泥に次亜塩素酸を接触させたところ、2,4,6-TCPの生成とそれにひき続く2,4,6-TCAの生成が確認されたことから、塩素系消毒がカビ臭の原因を引き起こすことが示唆されています6)。
以上の知見から、ハロゲン化アニソール類による「カビ臭」の防止には、
・2,4,6-TCPをメチル化し2,4,6-TCAを生成する真菌や麹菌を混入しないようにする
・木製素材を避ける
・塩素系消毒剤(特に次亜塩素酸ソーダ)を使用しない
等の対策が必要と考えられます。その他、2,4,6-TCPの代替としてより毒性の低い2,4,6-トリブロモフェノール(以下2,4,6-TBP)が利用されるようになっていますが、2,4,6-TBP は2,4,6-TCPと同様にカビのメチル化を受け、2,4,6-TCPを生成するため、同様のカビ臭問題が懸念されています。

3)微生物由来揮発性有機化合物

カビは、カビ毒のような毒素を産生して人に危害を与える一方、抗生物質、酒、チーズ、かつおぶし等の熟成に必要であり、食品において必要不可欠な存在となっています。しかしながら食品におけるカビ臭は一部の例外を除き、良い方向に進展しないのが一般的です。
カビ(真菌)や細菌などの微生物は、増殖と代謝の過程において有機物質を分解し、その副産物として化合物を産生します。このような質は総称して微生物由来揮発性有機化合物(Microbial Volatile Organic Compounds; MVOC)と呼ばれています。
カビを介して産生される居住空間MVOCとしては、アルコール類、ケトン類、フラン類、アルカン類、テルペン類、アルデヒド類、酸類、ベンゼン類及びスルフィド類等が報告されています7)。これらの物質には、シックハウス症候群を引き起こす化合物が含まれています。また、前項で述べたジェオスミンや2-MIB、ハロゲン化アニソール類もカビを介する場合があり、「カビ臭」の異臭問題では直接的というよりも間接的にカビが関与しているケースが多いことがわかります。
 
最後に、カビ臭は閾値が低く、異臭物質の高感度な分析が要求されます。弊社の異臭検査では、閾値を考慮した「臭い強度(臭気成分量/閾値)」という単位で結果をご報告し、実際に人が感じるであろう臭いの強さを数値化しております。詳細については以下URLをご参照ください。
>>異臭検査(食品対象150成分)
 

【参考文献】

>>1)水質基準項目と基準値(51項目) 厚生労働省はこちら
>>2)水質基準(案)根拠資料一覧 厚生労働省はこちら
3)水道における異臭味問題の最新動向 J. Japan Association on Odor Environment Vol. 49
No. 2, 101-108 (2018)
4)Haas, D., Galler, H., Habib, J., Melkes, A., Schlacher, R., Buzina, W., Friedl, H., Marth,
E., Reinthaler, F. : Concentrations of viable airborne fungal spores and trichloroanisole in wine cellars, Int. J. of Food Microbiology, 144, 126-132, (2010).
5)清酒中のカビ臭汚染経路の解明とその防止法、岩田博ta、醸協第102巻第2号、P.90-97(2007)
6)下水処理水に含まれる2,4,6-TCAなどのカビ臭物質、浦瀬太郎及び筒井裕文、J. Japan Association on Odor Environment Vol.49, No.4 (2018)

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