豚の呼吸器感染症制御|細菌感染症への抗生剤を効果的に選択するために…|Vol.2

~初めに:薬剤耐性菌出現を防ぐために~

動物用抗生剤は、家畜の細菌性疾病を治療する重要な武器です。しかし、抗生剤を使用することで細菌が薬剤耐性を獲得し、抗生剤の効果が減弱する場合があります。抗生剤が効きにくくなった菌を薬剤耐性菌と呼びます。薬剤耐性菌は感染症にかかった家畜の治療を難しくするだけではなく、肉や乳製品、加工品等の食品を通じて家畜由来の薬剤耐性菌が、人に伝播し、人の感染症の治療が難しくなることが危惧されています。
そのため、薬剤耐性菌の出現を抑えるように抗生剤を使用する「慎重使用」の重要性が国際的に議論・実施されています。
 

~抗生剤の適正使用とは~

感染症治療のため、また薬剤耐性菌出現を抑制するためには、適切な抗菌剤を科学的根拠に基づき選択し、適切な用法・用量を選択することが重要です。抗生剤使用の検討を行う場合、家畜の状態、薬剤感受性試験の結果、投与方法、抗生剤の組織移行性、休薬期間、農場における治療成績等多くの因子を考慮に入れて、検討を行う必要があります。簡単に言うと、家畜の状態から「本当に投薬が必要か」を判断し、その病気を起こしている「菌に効く」抗生剤を選択する必要があります。もちろん、抗生剤を使わないよう、病気を予防することが一番大事であることを忘れてはいけません。
 

~薬剤感受性試験とは~

上でも記載がありますが、“薬剤感受性試験”とは、「病原菌をどの抗生剤(薬剤)でやっつけることができるか」を調べる試験になります。病気が起き、その原因となっている細菌が分かっても、数ある抗生剤でどれを使用すればよいかわからない場合があります。「この菌にはこの抗生剤が効く」と経験上わかっている場合でも、その時病気を起こしている菌が使おうとしている抗生剤に対して耐性を持っている場合、治療がうまくいかなくなってしまうのです。そこで、薬剤感受性試験を行い、原因菌に対する最良の武器を選択することが大事になってきます。
 

~豚の呼吸器病について~

さて、本題の豚の呼吸器病治療に向けたお話をします。まず前提として、豚の呼吸器病は、複数種類の病原体から引き起こり、しばしば症状が重篤化することが多く、これを豚呼吸器複合病(PRDC:Porcine Respiratory Disease Complex 以下PRDC) といいます。PRDCでは、PRRSVや M.hyopneumoniae が初めに感染することで、家畜が病原体に感染しやすくなり、それを足掛かりに他の菌やウイルスが感染することで起こります。PRDCは、環境変化等に伴うストレス感作(離乳、群編成、寒暖の変化、換気不良 等)やそれに伴う宿主の免疫力の低下を背景として、ウイルス・細菌等の病原微生物が複合的に感染することで発症します。PRDCは豚の産業界において経済的損失が大きな疾病であり、発症を予防することが最優先され、発症した場合には早期の治療が必要となります。
さて、上で述べたように多くの原因でなるPRDCですが、各々の原因菌に対する武器(抗生剤)を紹介します。
 

~豚マイコプラズマ肺炎~

豚マイコプラズマ肺炎は、養豚場において最も汚染率の高い呼吸器病で、その予防には、不活化ワクチンを使用することが多い疾病です。発症時には、タイロシン、リンコマイシン、チアムリン、テトラサイクリンも適応症として認められています。ワクチン接種から抗体が産生されるまで2~8週間かかるため、予め抗菌剤を飼料に添加し、発症を予防する方法もあります。マイコプラズマで重要なのは、マイコプラズマは細胞壁を持たないため、壁合成阻害剤であるペニシリン系やセフェム系の抗生剤は機能しないことです。それゆえマイコプラズマ感染症の治療としては、上記のような抗生剤が用いられているのです。
 

~豚胸膜肺炎~

Actinobacillus pleuropneumoniae が原因菌で起こるのが本病気です。急死するもの、発熱や発咳等を呈して死亡するもの、慢性化するもの等、症状は幅広いのも特徴です。急性経過をたどることが多い場合は、感受性抗菌剤の注射を実施します。抗生剤としては、ニューキノロン系抗生剤、フロルフェニコール注射剤、セフチオフル注射剤等を使用します。これと同時に同居豚には1週間を目安として感受性抗菌材の飼料添加を実施し、フロルフェニコールの添加を使用する場合が多くあります。豚舎の移動ストレスが発症に影響することから、ドキシサイクリンやST剤の飼料添加を予防的に使用することが多いです。
 

~パスツレラ肺炎~

Pasteurella multocida が起因菌で、肥育期の豚で多く確認され、急性経過をたどることが多く、死亡率は高いのが特徴です。急性経過をたどることが多い場合、豚胸膜肺炎と同様にニューキノロン系抗生剤、フロルフェニコール注射剤、セフチオフル注射剤等を使用します。
予防は抗菌剤の飼料添加が基本となり、移動ストレスが発症に影響することからドキシサイクリンやST剤の飼料添加を予防的に使用することが多い感染症になります。
 

~グレーサー病~

起因菌のGlaesserella parasuis (旧学名 Haemophilus parasuis )は、各種抗生物質に感受性を示しますが、ペニシリン、クロラムフェニコール、ストレプトマイシン、サルファ剤について耐性菌が検出されているため、薬剤の選択が必要であるのが特徴です。群の感染拡大防止のため、ペニシリン系の飲水・飼料添加を実施し、個体治療にはペニシリン系の他セフチオフルの注射で対応することが多いです。その他ペニシリン系、セフチオフル、チアンフェニコール、オキシテトラサイクリン、ダノフロキサシンがグレーサー病を適応症として挙げています。
 

~レンサ球菌感染症~

Streptococcus suis が起因菌で、肺炎のほかに、敗血症、髄膜炎、関節炎、心内膜炎等も引き起こすことで知られています。ペニシリン、セフチオフル、マクロライド、チアンフェニコール、テトラサイクリンのみが適応症とされています。初期症状であれば、隔離後、セフチオフルやアンピシリンを注射することで治療可能です。発症時期(離乳舎導入後など)がかっている際は、その3日前からペニシリン系の製剤を飼料添か飲水投与で治療を実施することも有効です。
 

~抗生剤の投与方法のメリットデメリット~

抗生剤の投与方法には、大きく分類して経口投与と注射による投与が挙げられます。それぞれのメリットデメリットに関して紹介します。
 

経口投与(飼料添加・飲水投与)

飼料添加や飲水投与では、「群全体にすばやく投与することが可能」ですが、「個体ごとの摂取量(投与量)を管理することが難しい」こと、「血中に分布するまでに時間がかかるため、薬効が現れるまで時間がかかる」こと、「飲水投与の場合、飲水投薬器や配管工事が必要である」こと等のデメリットがあります。
 

筋肉注射・皮下注射

注射での投与は、「速やかに間質液に拡散し、血中に入るため、薬効が早く表れやすい」と手っ取り早い治療法ではありますが、「個体ごとに投与する必要があり、手間がかかる」こと、「豚群全体での感染症治療には不向きである」こと等のデメリットがあります。
投与方法を目的に合わせて選択することはとても重要であります。
以上を加味して、現状に合った投与方法や抗生剤を決定するのが大切です。
 
 
食環境衛生研究所では抗生剤を選択する際のお手伝いを行っております。具体的には、細菌感染が疑われる検体から細菌を分離・同定し、まずはターゲットを特定します。同じ菌でも、使われている抗生剤によって抗生剤に耐性のものも出てきますので、実際に分離された細菌に対して薬剤感受性試験を行います。薬剤感受性試験では、ターゲットの細菌にどの抗生剤が効いているかを培地上で確認する試験で、多種類の抗生剤を試すことができます。抗生剤選択でお悩みの際はぜひご検討ください!
 
参考文献 「豚呼吸器病(PRCD)における抗生剤治療ガイドブック」農林水産省平成29年度 生産資材安全保障対策委託事業 抗菌性物質薬剤耐性菌 評価情報整備事業

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